火打石谷『まぼろしの大滝』登攀
まぼろしの大滝とは?
山梨県北都留郡丹波山村に位置する前飛竜を源頭とし、南面より流れ出る小常木谷の最大支流・火打石谷の上流域(標高1100m付近)に存在する。
この場所だけ忽然と開けた視界は、まるで『まぼろしの大滝』を照らし出すように陽の光がさんさんと降り注いでおり、どこか恍惚としたその佇まいは枝沢でありながら本流の大滝に負けじ劣らない程の存在感と落差を誇る、誠に見事な滝である。
活動記録&メンバー
活動日:2023年8月27日(日) 天候:晴れ 気温:32℃くらい
参加メンバー:ゴリーダー、マチャアキ
登攀データ
『まぼろしの大滝』 60m
たぶんFA:マチャアキ & ゴリーダー(登攀記録が皆無なため、たぶん初登でいいですか?)
ロープスケール:60m
ピッチ数:1ピッチ
使用登攀具:ハーケン×9、ハンマー、ヌンチャク、スリング、たわし、60mロープ
※60mダブルロープ推奨、カム類はセット不可(セットしてもプロテクションとしての役割をなさない)、ラープ等は使用できる可能性あり。
プロローグ 『まぼろしの大滝』登攀に至るまで
2023年6月初旬、夏の沢登りシーズンに入る前にゴリーダーからマチャアキに一通のメールが届いた。
この一言が、マチャアキのどこか心の片隅に残っていた古傷を開いたとでも言うべきか、懐かしい雪辱をささやかに呼び起こした。
奥多摩奥秩父アックス登攀部隊に加入する前のマチャアキは、2020年8月に火打石谷を単独遡行時、『まぼろしの大滝』の単独登攀に挑んでいたが、左岸側壁から滝の中間部(水流に乗る付近)で、プロテクションの取れなさと単独登攀のリスクの精神的重圧に敗れ、左岸側壁に残置されていた腐ったハーケンとカラビナで懸垂下降し敗北を期している。
※参考リンク:隠名渓 火打石谷(溯行・ソロ) / #Zakiさんの雲取山・鷹ノ巣山・七ツ石山の活動データ | YAMAP / ヤマップ
全くの同時期、既に奥多摩奥秩父アックス登攀部隊を発足させ活動していたゴリーダーは、『まぼろしの大滝』の冬期登攀の可能性を探るために、単独での調査(無雪期・冬期)を繰り返していた。しかし『まぼろしの大滝』は南面側の谷かつ西面を向いており、陽当たりあってか冬でもその氷結は厳しく、仮に気象条件が重なったとしても、氷河期でも訪れない限り冬期登攀の可能性は絶望的であると確信していた。『まぼろしの大滝』を登るなら無雪期に他ならないとの結論に至っていた。
マチャアキは以前、奥多摩奥秩父アックス登攀部隊加入後に雑談で、火打石谷の単独遡行・『まぼろしの大滝』登攀敗北の話をゴリーダーにした事があった。
ゴリーダーは、その話を覚えていたのだろうか…
火打石谷『まぼろしの大滝』への自らの想いと、マチャアキの過去の雪辱・リベンジへの想いを回収するために、一通のメールにその情熱を込めたのである。
偶然とは時に、不可解な奇跡を起こす。いや、それを必然とでも言うのだろうか?
そんな二人を引き寄せた縁(えにし)は、今ここで、まさに点と点が線となり『まぼろしの大滝』登攀へと至ったのである。
事前調査&工作
2023年8月24日(木)、ゴリーダーとマチャアキは『まぼろしの大滝』の実体を知るために事前調査に入った。
そもそも『まぼろしの大滝』は登攀記録があるのか?
ネット上を探しても登攀記録は存在せず、かといってこの地域の山岳会やこの流域の沢に詳しい知見者などもおらず、正確な情報は無に等しかった…。ならば、この目で現地を確かめる他ない。
事前のミッションは『まぼろしの大滝』を高巻き、その全貌を丸裸にする作戦だ。
① 落ち口の調査&終了点の設置
② 懸垂下降し『まぼろしの大滝』自体を調査&残置ハーケン等がないか確認
③トップロープで試登
④ 状況を見てNPが無理そうならば、危険な所にハーケンをプリセット
③④に関しては『沢登り』のスタイルとしては些か物議を醸す点があると思われるが、登攀に主眼をおいた安全を考慮しての苦肉の策でもあった。
調査の結果、落ち口付近に残置物等の痕跡は無し、滝の上部にも残置物等は無し、滝の下部左岸側・側壁に残置ハーケン&カラビナ、下部ハング帯・右側の数m手前に腐ったハーケン&カラビナが確認できたのみで、おそらく『まぼろしの大滝』は登攀はなされていないと思われた。
※もし、火打石谷『まぼろしの大滝』登攀に関して、古人の完登記録をご存じのお方はお知らせいただければ幸いです。
後日の登攀のために、右岸側の確りとした立ち木に、スリングとカラビナで終了点を作成。一旦、懸垂下降し、水線上や水流際の岩・ヌメリ状況の確認しつつ滝の下へ。再度、トップロープで落ち口まで試登し、ホールドやムーブを確認。また、NPのセットが可能かどうかも探ったが…
皆無であった。
上部・下部ともNPのマイクロカムが全く効かず、ハーケンも打てる場所が限られていた。ハーケンを打てたとしても、信じられるハーケンは数本のみ。
「こりゃあ悪い…」
正直な感想である。
打てたハーケンも下部の核心部・ハング帯までにハーケン×4本、上部は落ち口と上部の約30mの間で1本のみ。超絶ランナウト、中途半端な半プリセット工作となった。
(まぁぶっちゃけ、下部の核心部までプリセットできただけ儲けもんである。全くプリセットができなければ、『まぼろしの大滝』登攀は、正に『幻』のままに終わっていたのだから…)
後は、リード中におおかた目星を付けたハーケンを打てそうな場所に”精神安定剤”として打ち込むという作戦で、事前調査&工作は終了した。
火打石谷・煙窪の決戦 ~いざ、出陣!~
令和5年8月27日(日)、晩夏を思わす肌に纏わる早朝の涼しい空気は、これから始まる決戦に向けて脈打つ鼓動と滾る血液のほとぼりを絶妙に覚ますかの如く、妙に頭の中をすっきりとさせてくれたのであった。
入渓してから『まぼろしの大滝』までは普通に遡行となるため、その間ずっと気を張っていると登攀前に疲弊しまうとの事で、これが彼なりのコンディションの整え方とか何とか…
22㎝くらいのヤマメ。我々のアジトである食亭「悦楽園」の親父さんにもらった毛鉤で釣れた!
入渓してから約3時間で、決戦の地である『まぼろしの大滝』に到着。前日に雨が降ったのか、水量が少し増している。しかし、登攀にそこまでの影響は無いと判断し開戦の狼煙を揚げた。
ゴリーダーがドローンによる開戦の狼煙を揚げている間、マチャアキは登攀準備にかかった。
「段取り八分、仕事二分」「準備8割」という言葉がよく使われるが正にその通りで、事前調査&半プリ工作&トップロープ試登の甲斐あり、気持ちには大分余裕があった。後は、この日の環境要因や状況変化に怖気づかず、与えられた任務を事務的かつ効率的にただただこなすのみである。しかし、そこには鋼のメンタルと柔軟な精神コントロールが必要不可欠である。
マチャアキは、今までの様々なアルパイン経験や危機的状況下を頭で思い起こし、反芻させ、今現在の状況下と天秤にかける。そう言った「危険度の優劣」たるものを算出し、危険の回避・軽減方法をイメージしたらしい(全集中?)。
「まぁ、行けるっしょ。」
それが、結論だった。
それに、ゴリーダーの支えがあるため心配ないとの判断だったとの事である。
開戦! ~climb on~
いよいよ戦闘が始まった。気持ちの上では、歴史上の名のある合戦や闘いと相違ないくらいの名勝負であると勝手に心の中で思っていた。←バカ
下部は左岸側の水線のラインでハング下まで直上、ヌメリは少ない。ハング下は右側へトラバースとなるが、その手前にプリセットした1つ目のハーケンがあるので一息つける。
※ここまでは、何もプロテクションは無い(取り付きから5~6mはランナウト)ので、このハーケンに到着するまでにフォールしたらたら、たぶん10m位は岩を転がる事になるので絶対に避けたい場所である。
プリセットハーケンに、ロープ流れの干渉を軽減させるためアルパイン・ヌンチャクでクリップし、第一ハング帯のトラバースを開始。ここは、流れ落ちる水流をモロにくらうので、それに動じない体幹とメンタルが必要である。事前調査によりホールドとムーブは頭の中に刻まれているので、多少のヌメリはあるが冷静に処理し問題なく通過。
第一ハング帯の中間より右側のリスにプリセットしたハーケンがあり、安定したフットホールドがあるため、ここでまた一息つける。ここから、少しハングが緩んだ弱点を右上するが、何せここのムーブが悪い…そしてヌメリもあるため、ある意味ここが第一の核心部である。
はじめの核心部の第一ハング帯を越え少し右上すると、すぐさま次の核心部・第二ハング帯が現れる。ここにはプリセットしたハーケンが2本あるが、ぶっちゃけ2本とも信じられない。フォールしたら
「確実にハーケンが飛ぶな…」
程度の信頼度で油断はできない。この辺の(核心部の第一・第二ハング帯)岩質は、おそらくチャートであり、脆いわ滑るわでこの滝の悪質さを助長させる要因となっていることは間違いない。
※このセクションは、事前調査でカムが入るクラックが多少あることを確認していたが、セットして少し荷重をかけたら見事に岩ごと吹き飛び、NPを断念せざるおえない一撃・決定打になったのである。
第二の核心部・第二ハング帯は、右側から入り高い位置にあるガバを利用し態勢を一歩上げ、左上しながら更に高い位置にあるガバを掴み、水流にあるフットホールドへ体を浮かせて乗り移る。ここは、ガバを完全に信頼し、迅速に処理する他ない。フットホールドに乗ってしまえば体幹は安定するので、その後は、水流内のスローパーとヌメリのない外傾したフットホールドを使って、水流をトラバースし一気に切り抜ける。
トラバース後、右岸側には安定したテラスのような場所があるが、水流と水飛沫を常時浴びるためそう長居はしたくはない場所。ここが、だいたい滝の中間あたりで、残りの約30mは右岸側・水流沿いに舵を取りながら登攀していく。
ここから先は核心たる部分は無く、冷静に処理してゆけば然程難しくはない登攀が続く。ただ、依然として有効なプロテクションは取れず、上部の約30m間で取れたプロテクションはプリセットしたハーケン1本と右岸側・リスにハーケンを1本打てた程度、10m以上のランナウト状態(ほぼフリーソロ状態?)で落ち口まで登りった。
しかし、ここまでスムーズに登攀できたのもゴリーダーが下から発する
「ガンバ!」
空気を切り裂き響き渡る、力強い心からの声援があっての事。
その声援が自らのポテンシャルを引き出し、プレッシャーを跳ね除け、上昇気流を伴いながら『まぼろしの大滝』落ち口まで突き進ませてくれたのである。
ありがとう…ゴリーダー。
見事、完登!
終了点にて、無線でゴリーダーに”完登”の報告を伝えフォローのゴリーダーを迎え入れた。
ゴリーダーは、下部のラインを異なるラインで登攀したそうだが、やはりここも悪かったらしい…
(デカい岩がボロッと崩れたとか…)
しばらくして、ゴリーダーが登り終え落ち口まで上がってきたが
「お前…良くこんなん行ったなぁぁ!?」
「スゲェーわ!」
と言いながら笑っていた。
普段、こんな褒め言葉を言わないゴリーダーであったが、その言葉をもらって改めて『まぼろしの大滝』完登の実感が湧いてきた。
ここで、因縁と言う言葉を使うのは些か違うような気もするが、頭の片隅に存在していた二年前の敗退の記憶が、夏の青空と滞りなく流れ続ける水流に洗い流され、綺麗さっぱり浄化された様だった。
その後は、懸垂下降でハーケンを回収しながら取り付きまで。その様子を先に降下したゴリーダーがドローンで撮影。滝の様子を動画で見せられないのが、残念であるが参考なれば幸いである。
※因みに、次なる登攀者のために核心部にと上部に数本のハーケン、終了点は残置してあります。是非とも、挑戦してみてください。
「溜飲が下る。」
こちらの方が適切な表現かもしれない。
経緯は違えど、同じ滝に、同じ想いを抱く者同士の飽くなき挑戦は、『勝利(完登)』という形で見事に終了を迎え、清々しい心模様で下山したのであった。
エピローグ
身体的には大して動いていないはずなのだが、死闘を繰り広げた後はメンタルのHPの消耗が激しいらしく、お互いにいつも以上の空腹を感じていた。そんな時は「美味しい物をいっぱい食べる!」これに限る。
ゴリーダーは「鮭のハラス定食」
マチャアキは「旨辛豚の定食」で、ご飯はデカ盛り(メニュー表には無い大盛りの上が存在していた)
ここは、定食にこの店で名物のから揚げがデフォルトで付いてくるのが、実に嬉しい。
客の心と胃袋を掴みなすわな…これは。
二人とも、味にも量にも満足して帰ったとさ!
冒険は続く…